阪神淡路大震災から20年

投稿者: | 2015/01/17

阪神淡路大震災から20年

Facebookの友達が投稿されていたのですが、地元のサンテレビが朝早くからナレーションも無く、淡々と当時の映像を放送していたそうです。

災害が起こると、我先に現場に駆けつけ、現場を背景にリポーターがこと大袈裟に現状を語り、地元住民に手当たり次第に質問し、当たり前のことを繰り返すと言う報道が始まります。

私も程度は非常に軽いものでしたが一応被災者です。
3日間は自宅にいて、自宅で散乱したものを片付けてみたり、近所の知り合いの家を回って、倒れている冷蔵庫を立て起こすのを手伝ってみたり、邪魔な物の撤去を手伝っていたり、、、周りの環境に戸惑いながらも、淡々と過ごしていました。
4日目に、比較的近所に住んでいた会社の先輩が自宅に来られて「そろそろ会社に行くか?」と言われましたので、自転車を引きずり出して、片道30km程度を毎日通うこととなりました。

西に向かうほど、状況は酷く、道路も陥没していたり、隆起していたりで、自転車で走行するのも一苦労だったと記憶しています。
もちろん幹線道路の43号線は上部の阪神高速道路が倒壊していて自転車での通行もままなりません。
もう一本の2号線は、それは恐ろしいくらいの渋滞で、その横の歩道は人で溢れていましたので、自転車で走行するもの危ない状況でしたから、裏道を抜けて通勤していましたので、あっちに曲がり、こっちに曲がり、高架をくぐったり上がったり、相当体力は付いたんじゃないかと思います。

ですが、道中では誰一人として騒いでいる人はいませんでした。
みんな自分が出来ることを淡々とこなしていたように思います。
そして何も言わないでも手伝ったし、手伝ってもくれました。

サンテレビ自身も被災者でありながら、騒ぎ立てる事では無く、真実を淡々と伝え、地元に役に立つであろう情報を放送いたように思います。

私自身は、今朝のサンテレビの放送を見れていませんが、本当の報道とはどういうものなのか?
震災だけでなく、政治でも、経済でも、スポーツでも、真実を伝えて頂きたいと強く思いました。
ドラマチックな仕立ては必要無い。

そして報道すべきものは、何なのかをもう一度考えて欲しいと思います。

新潟も福島も長野も、原発も、政治も、、、

我々が知りたいのは、脚色された物では無く真実なんだと、改めて感じました。

全くまとまってないのですが、何かを書き留めておきたかったのでした。
2015年1月17日

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